現役であり続ける「地域の誇り」という学び舎
沼田高校管理教室棟(旧沼田中学校校舎/現:管理棟)・屋内運動場(旧沼田中学校講堂/現:講堂)
昭和3年(1928年)に竣工して以来、群馬県立沼田高等学校のキャンパスに堂々と立ち続けてきた管理教室棟(現:管理棟)と屋内運動場(現:講堂)。この2棟は平成29年に「国登録有形文化財(建造物)」として登録されました。県内の現役学校施設としては初めての快挙です。しかしここには、建物の美しさだけでなく、利根沼田の人々の教育への情熱と、地域ぐるみで育んできた誇りが刻まれています。今回、沼田高校同窓会の林匡宏(はやしまさひろ)さんに、建物の価値と歴史に込められた想いを語っていただきました。
管理棟正面玄関:現在
2棟の基本情報 ―― 「県内最古級」の現役校舎
文化財① 名称
沼田高校管理教室棟
(旧沼田中学校校舎)
文化財② 名称
沼田高校屋内運動場
(旧沼田中学校講堂)
建造年
昭和2年7月着工
昭和3年5月完成・7月23日落成
構造・規模
管理教室棟:鉄筋コンクリート造3階建(一部地下1階・塔屋付)建築面積 920.82㎡
屋内運動場:鉄骨造2階建 建築面積 379.57㎡
- 2棟を一言で表すとすれば、どのような建物でしょうか?
-
今年でちょうど98年目を迎える、県内最古級の現役バリバリの校舎です。鉄筋コンクリートの学校建築としてはこれほど古く、しかも現役で使われているものは県内にほかにありません。そして県内の現役学校施設が国登録有形文化財に登録されたのも、これが初めてのことなんです。「文化財だから見るだけ」ではなく、生徒たちが毎日授業を受けている建物であることが、一番の特徴だと思っています。
建物の3つの見どころ ―― 県最古級・モダニズム・アーチ構造
- 建築としての特徴・見どころを教えてください。
-
大きく3つあります。まず、管理教室棟は群馬県内最古級の鉄筋コンクリート構造の学校建築という点です。県内に現存する同年代の鉄筋コンクリート建造物としては大正10年頃の旧時報鐘楼(伊勢崎市)や金善ビル(桐生市)が知られていますが、学校建築では昭和3年(1928年)建築のこの校舎が最古にあたります。
2つ目は昭和初期のモダニズム建築であるという点です。外観は直線で構成された箱形で、当時流行だったアール・デコ様式をあえて前面に出さないシンプルなデザインです。ただ、玄関まわりや階段の一部にはアール・デコ様式の意匠が見られ、同時期に建設された群馬県庁昭和庁舎の階段部との類似も印象的です。
3つ目が屋内運動場(旧講堂)の構造です。鉄筋と鉄骨コンクリートの混合構造で、アーチ式トラス構造を用いています。これは富岡製糸場にも見られる技術で、柱を使わずに広い空間を確保するための工夫です。講堂の東側のアーチ型天井は音響を考慮した設計でもあり、時代を先取りした建造物だったと言えます。
地域の熱意が生んだ校舎 ―― 大恐慌前夜の覚悟
- 建設の経緯と、背景にある地域のエピソードを聞かせてください。
-
沼田高校の前身、群馬県立沼田中学校は明治30年(1897年)に県立尋常中学校利根分校として開校し、明治45年(1912年)に沼田中学校として独立しました。校舎の老朽化と生徒数の増加に対応するため、同窓会も動き、県議会で新校舎建設の予算が議決されました。
ところが、建設費用の半額と敷地の負担が地元に求められました。世界大恐慌を目前にした昭和3年のことです。経済的には大変な時代でしたが、利根沼田の16町村の人々は教育の必要性と重要性を理解して、地域の人材育成のために支援を惜しみませんでした。その結集が、このランドマーク的建造物として今も立ち続けているんです。
世界大恐慌前夜の昭和3年、建設費用の半額と敷地を地元で負担した。利根沼田の人々の教育にかける熱意が結実した「ランドマーク」的建造物です。
── 林 匡宏さん(沼田高校同窓会顧問)
校舎への愛が動かした、異例の「校長留任運動」
- 新校舎建設をめぐる印象深いエピソードはありますか?
-
新校舎建設に尽力した小柏丑二校長のエピソードがあります。新校舎完成を目前にして、小柏校長に山口中学校長への転勤の打診があったんです。それを知った生徒たちが黙っていなかった。5年生が血判状を作り、生徒全員の署名を集め、さらに文部省に電報を送るという「留任運動」を決行したんです。
その甲斐あって小柏校長の転出は阻止されました。生徒たちが校長のために体を張って動いた。それだけ慕われていた先生であり、学校への愛着と誇りがあったということですね。このエピソードは、当時の生徒たちのこの校舎への熱い想いを今に伝えるものだと思います。
豆知識: 当時としては画期的な水洗トイレも完備されていました。衛生面への配慮が随所に見られる、時代を先取りした施設でした。また、校舎中央部の鐘楼に設置されていた「五常の鐘」は昭和17年(1942年)に戦時中の供出により失われましたが、鐘楼部分は昭和38年(1963年)に時計台へと作り替えられ、現在も校舎のシンボルとして親しまれています。
4,500人の署名から生まれた「登録」
- 有形文化財の登録に向けた活動について教えてください。
-
平成20年(2008年)に沼田高校同窓会のなかに「有形文化財登録推進委員会」が発足しました。私もその一員です。私たちは登録推進活動として約4,500人の署名を集め、文化財登録の礎としました。建物が竣工から90年という節目を迎え、地域のランドマークとして残すべきだという声が高まっていたことも大きな後押しになりました。
建設のときも、登録推進活動のときも、地域の人々が一丸となって動いた。この校舎はまさに利根沼田の地域の力の結晶だと思います。建築から90年を経ても、新潟地震・東北地方太平洋沖地震などを乗り越えてきた強固な建物でもあります。現在もすべての部屋・施設が毎日活用されており、祖父・父・子と3世代にわたって学ぶ卒業生も少なくありません。
沼田高校と校舎の歩み
平成20年(2008)
同窓会「有形文化財登録推進委員会」発足。約4,500人の署名活動
100年の歴史が語るもの ―― 在校生へのメッセージ
- 今この校舎で学ぶ在校生たちに、伝えたいことはありますか?
-
まもなく100年を迎えるこの校舎で学ぶみなさんには、ぜひ「伝統の意味」と「歴史の重み」について思い巡らせてほしいと思います。この建物ひとつひとつに、地域の人々が教育にかけた覚悟と情熱が込められています。単なる古い建物ではなく、利根沼田の先人たちが作り上げた、誇りある学び舎なんです。
100年の歴史を刻んできたこの校舎で学ぶ生徒たちには、伝統の意味、歴史の重みについて思い巡らせる良い契機となってほしい。
── 林 匡宏さん(沼田高校同窓会顧問)
※「国登録有形文化財」とは:文化財保護法に基づき、原則として築50年以上を経過した建造物のうち、①国土の歴史的景観に寄与しているもの、②造形の規範となっているもの、③再現することが容易でないもの、を文部科学大臣が登録する制度。指定より規制を緩やかにし、外観保存を主な目的として建物を使いながら残していく考え方に基づく。
出典:沼田市文化財調査委員・水田稔氏作成の資料を参考に作成。
掲載内容は林匡宏氏へのインタビューに基づきます。掲載にあたり本人の確認を経ています。